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~イタリアの伝統刺しゅう~ プント・アンティーコ

2021.02.19
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イタリアに古くから伝わる、まるで石の彫刻のレリーフのような「プント・アンティーコ」。よく知られている「ハーダンガー刺しゅう」や「ドロンワーク」の源流ともいわれる伝統的な刺しゅうです。

文/いがらし郁子 写真/いがらし郁子(現地取材)、和久井直生子(作品)


デザイン制作/Bruna Gubbini(ブルーナ・グッビーニ)

プント・アンティーコの歴史

 「プント・アンティーコ」はイタリアに古くから伝わる、布の織り糸を数える区限ステッチの刺しゅうです。細かい布目に施されたステッチはまるで石の彫刻のレリーフのようですが、素材は布と糸を使った手仕事なので、柔らかな温かさを併せ持ちます。この技法は西暦800年頃から行われており、そのルーツはシチリア島だといわれています。

 シチリア島には紀元前・ローマ時代から、大理石の天然色を利用した絵画的なモザイク画の文化が根づいていました。そこへ、海に囲まれた温暖で豊かな土壌を求めて北方のノルマン人やイスラムの影響を受けたアラブ人などが移住し、シチリア島はさまざまな民族が集う交流地点となります。当時のヨーロッパ圏の人々にとって東洋オリエント文化は憧れの異国文化であり、特にシンメトリーな幾何学文様が王侯貴族に好まれて、宮殿や教会の床面や天井に幾何学文様のモザイク画が施されました。


 こうした背景により、後にノルマン人によるシチリア王国時代(1130~1194年)になると、西洋の繊細な絵画的装飾とイスラム・ビザンチンの美しい幾何学・連続文様という、複数の文化が融合された独自の文化が発展することになります。

 やがて時を経て、時代はルネッサンスを迎えます。この時代、フィレンツェにはイギリスやフランスから商人たちが集まり、世界的な交易の場となりました。それまで生活雑貨だった刺しゅう作品は、交易の商人たちのイタリア土産としてそれぞれの国に持ち出され、あっという間に世界中に広まることになります。そして、この美しいイタリア土産はヨーロッパ各国の貴婦人を魅了し、イタリア刺しゅうは諸外国の貴族婦人の「高級趣味」として広まります。また、高額なイタリア刺しゅうの代わりに自国で制作しようと各国で研究に力が注がれることによって、ヨーロッパ各地で独自の形に進化していきます。これがノルウェー・ハルダンゲル地方の「ハーダンガー刺しゅう」や、布の織り糸を抜いてかがりを入れる「ドロンワーク」になったといわれています。


デザイン制作/Bruna Gubbini(ブルーナ・グッビーニ)

プント・アンティーコのこれから

 プント・アンティーコと出合ったのは、Bolsena Ricama(イタリアの手工芸学校)での品評会に審査員として出席したときでした。それまでに見たこともない、イタリア各地から集まった刺しゅうやレースの美しい作品が並ぶなかで、ひときわ目を引いたのがBruna Gubbini(ブルーナ・グッビーニ)さんによるプント・アンティーコの作品でした。展示されていた小さなポーチは、単純な幾何学文様であるにもかかわらず、どこか不思議にふんわりとした柔らかさを持った作品で、その素晴らしさに心を揺さぶられました。

 ブルーナさんは、現地フィレンツェでも発展の道が閉ざされつつあったプント・アンティーコの技法を再び普及させたいと、定年後に自宅教室をスタートさせました。やがて、当時ブルーナさんの生徒だったマリア・ピアさんたちが、ボローニャ・プント・アンティーコ協会を1995年に発足させます。そして協会によるブルーナさんの美しい作品集は、瞬く間に売れて増版を重ね、またイタリアの刺しゅう誌などでも取り上げられました。これにより、プント・アンティーコのステッチの緻密な美しさを、イタリア中あるいは世界中の刺しゅうファンが、再認識したと言えるでしょう。

 プント・アンティーコに限らず、時間に追われる毎日に手のかかる刺しゅうをするのはとても贅沢な時間の使い方のように思います。一方で、手仕事に集中して心を整えること、美しいものを自らの手で生み出す創造の喜びは、時代に関わらず大切な作業ではないでしょうか。ブルーナさんは「私は刺しゅうをすると、とても心が落ち着く」とおっしゃいます。刺しゅうをすることが精神的な妙薬となるのか、やってみた人にしかわからない楽しみです。ルネッサンスの時代にも行われたように、古典技術を継承していくことは、同時に未来の美しさを築くことでもあります。プント・アンティーコが、イタリアや日本の刺しゅうファンの皆さんにとって、創造性の魔法のスパイスと明日へのミラクルな栄養になることを願っています。

『ステッチイデーvol.32』より


デザイン制作/Bruna Gubbini(ブルーナ・グッビーニ)


デザイン制作/いがらし郁子


左:いがらし郁子 右:Bruna Gubbini(ブルーナ・グッビーニ)

Profile:いがらし郁子

婦人服オートクチュールデザイナー。日本イタリア刺繍普及協会「インカンタ」主宰。ボローニャ・プント・アンティーコ協会の日本支部代表を務める。イタリア政府外務省のイタリア文化会館でプント・アンティーコの教室を開催している。著書『イタリアの伝統刺繍 プント・アンティーコ』(小社刊)。

https://www.tezukuritown.com/nv/g/g115083/

【オンライン講座】

アプリで動画を見ながら学べる・作れる通信講座にプント・アンティーコ講座が登場。プロセス写真つきのレッスンシートと、重要なポイントは動画でも詳しく解説しています。6か月の質問サポート、材料セットつき(3作品)。『プント・アンティーコ』をこれから始めてみたいという方にオススメ。1針1針の針の出し方・入れ方がよくわかり、基本から学べます。

https://crafting.education/product/detail.html?code=CF9020

 

【通学講座】

日本ヴォーグ社 https://www.tezukuritown.com/nv/c/cg1251511/

イタリア文化会館 https://www.iictokyo.com/scuola/prof_testo.html#igarashi



【本・材料購入】

https://www.tezukuritown.com/nv/e/env70597/


デザイン制作/いがらし郁子

ライタープロフィール

・CRAFTING制作チーム

「暮らしを彩る手づくり」
あわただしい日常の中でほっと一息。手間をかけて、ゆっくりていねいに。手づくりで暮らしを彩る毎日を。

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