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【読み物】押し花 ー植物標本と色彩ー ①

押し花

ー植物標本と色彩ー

みなさまの「植物標本(押し花)」に対するイメージはどのようなものですか。
「可憐」「自然美」「女性的」。
新聞紙や電話帳にはさんで作る押し花を思い描く方も多くいらっしゃることでしょう。
日本ではこの50年で押し花を作る道具が飛躍的に進歩しました。
現在は専用の道具によって手早く美しい押し花を作ることができます。その結果、趣味的、商業的に広く普及し、様々な押し花アイテム、押し花を楽しむ愛好家、団体が誕生しています。
今回は押し花についての今を歴史や道具を通してご紹介いたします。

植物を「押す」のはなぜ? ~植物標本の歴史~

押し花の歴史は植物標本の歴史に起因します。

かつて植物学における学術研究に標本の存在はあまり重要視されていませんでした。

しかし16世紀、イタリアの植物学者が研究に植物標本を用いて以降、押し葉(さく葉)標本を伴う研究方法が普及していったと言われています。

植物は押し葉標本にすると立体的な形は失われてしまいますが、取り扱いや整理が容易で保管スペースも節約できます。

そして何よりも研究対象である実物そのものを残せると言う強みがあります。

実物はどんな記録資料よりも正確な情報です。

自然科学の分野では客観的な「証拠」に基づいて研究を行うことが大切であり、「押して」「乾燥させる」だけで「証拠」を残すことのできる標本は色・立体的な形が失われるデメリットはあるものの、簡易に作製できる事もあって現在でも「押して残す」方法が用いられているのです。

最近では標本の作製・保存条件が良ければDNAを抽出・分析して植物の系統関係や由来を調べられるようにもなり、植物分類学上の資料としてますます標本の存在が重要になっています。

東京都立大学にある牧野標本館
  
大量の植物標本を整理・保管している施設を「植物標本館(標本庫/ハーバリウム)」と呼び、日本国内だけでも60以上の大学や博物館・植物園などに設置されています。牧野標本館は日本の植物分類学の草分けとも言える故牧野富太郎博士(1862~1957、名誉都民)の収集品を中心に約50万点の植物標本を収蔵する植物標本館

1820年代にドイツ人医師・博物学者のシーボルトの手.によって作製された植物標本。

植物標本はそのままの状態ではカビが生えたり虫に食べられたりして破損してしまいますが、標本館に収蔵して適切に管理すれば、永久に保存することができます。
(東京都立大学 牧野標本館 所蔵)

植物標本から押し花へ ~色を残す乾燥技術~

きれいな色のまま保存されている植物標本はあまり見かけません。

茶色く変色してしまったものを多く見ます。

これは植物の色が酸化や水分、紫外線の影響によって退色してしまうからです。

昔から行われている植物標本の作り方は、採集した植物を新聞紙にはさみ、重しをかけ、新聞紙に植物の水分を吸わせ、何度も新聞紙を取り換えながら植物を乾燥させる方法です。

この方法は身近にある道具で乾燥させることが出来る一方で、手間と時間がかかり、時間がかかる分植物が水分や空気に触れる時間を多く持ち、結果色彩が失われてしまいます。

色彩を保つためには、製作段階で出来るだけ水分、空気、紫外線に触れさせないで製作することが色を持つ植物標本を作るコツと言うことになります。

研究対象である実物を残す事に意義を持つ学術的植物標本は、色彩の有無よりも実物としてそこに証拠が存在するか否かを優先してきた歴史がありますので、色を残す技術は学術的分野においては発展しなかったのかもしれません。

1960年代以降、植物を乾燥させる道具として「シリカゲル」「塩化カルシウム」を用いた乾燥道具が登場します。シリカゲルに代表される物理吸着型乾燥剤はシリカゲル表面にある細孔が空気中の水蒸気を物理的に吸着するもの、塩化カルシウムに代表される化学吸着型乾燥剤は塩化カルシウムの潮解現象を利用し、空気中の水蒸気を化学的に吸着し乾燥を行うものです。

どちらも自ら水分を吸う力があるので新聞紙よりも吸水能力に優れることは言わずもがなであり、乾燥時間が早まることで植物が水分、空気に触れている時間が大きく短縮し、植物標本の色を残せる技術が誕生しました。

色彩を持った乾燥植物は学術的分野よりもむしろ一般市民の芸術、デザイン表現の道具として用いられ、広く普及することになります。これが今に通ずる「押し花」の誕生です。

〈次回に続く〉



塩化カルシウムを用いた乾燥道具で作られた押し花。
乾燥スピードが速いので、美しい色が残ります。





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