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空飛ぶ羊に導かれて 竹崎万梨子さん part.1

2021.02.09
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織り機にはサファイアを思わせる深いブルーの織り物がかかっている。竹崎万梨子さんの織り物は色鮮やかで美しい。手触りはとてもナチュラルで繊細。「これを身につけたい」と思わせる魅力に溢れている。子どもの頃、姉が織り物をしていた記憶が出発点となり、長じて京都のテキスタイル学校で織りを学び、その後ファッション業界に身を投じるが15年ほど前に織りの世界に戻ってきた。東京の清野工房に通いつつ創作活動を開始し、程なく英国羊毛とモンゴルの「空飛ぶ羊」なる素材と出合ったことで、一気に紡ぎと織りの世界にはまっていった。キーワードは「羊」。そんな竹崎さんに東京のアトリエでお話を伺った。

 







ファッション業界から


織りの世界へ

神戸在住の若き日、大手アパレルに勤めていた竹崎さんは、とにかく洋服が好きだったという。時代は80年代のDC(デザイナー・キャラクター)ブランド全盛期で、ファッションが文化をリードしていた時代。ある著名なデザイナーズブランドに移籍するために上京。時代の風は新しい服づくりへの希望をはらんでいた。

それからの10年間は企画会社での仕事や、デパートの海外ブランドのコーディネートと、さまざまに経験を積む中で、気持ちは次第に本来やるべきこと、したいこと――紡ぎと織りの世界へと徐々に舵を切って行った。もともと竹崎さんは関西の名門テキスタイル学校・川島テキスタイルスクールの出身で下地はできていた。

ポンタさんとの出会い

ファッション業界への就職は社会勉強を兼ねて、色や糸の知識を深めるためだったが、それ以外に学んだことも多く、好きな洋服の世界にのめり込めたことも幸せだったという。もう一度紡ぎと織りをやりたいと決心して東京の清野工房に通い始めた頃に、本出ますみさん(通称ポンタさん)と出会うことになる。ポンタさんは、日本でウールの手紡ぎや織りをやっている人ならば、知らぬ人はいないという存在。日本では珍しい原毛屋であり、羊毛鑑定士(クラッサー)でもある、いわば羊と羊毛の専門家。ポンタさんが当時から『スピナッツ』という羊毛専門誌(当初はガリ版刷りの手づくり)を出版していた。羊毛に関する有益な情報満載の雑誌を、竹崎さんはバックナンバーを含めて大量に手に入れ、羊毛への知識を深めつつ、創作に勤しむ毎日を送る。

「私のモノづくりは、まず素材ありきですね。そこから作品イメージが広がっていきます。ポンタさんから最初に送ってもらった羊毛は、あらゆる意味でとても良いものでした。例えばシェットランドウールは、作り手が未熟でも味を出せる振り幅があるんです。もし初めに粗悪な素材に当たっていたら、ここまでこの仕事を続けていなかったと思います」

羊の種類によってこんなに毛質が違うんだ、縮絨したらこんなにかわいい雰囲気になる……そんな「嬉しい予想外」が、ポンタさんから送られてきた羊毛にいっぱい詰まっていた。

「シェットランドウールひとつとっても、原毛ごとに性格があるかのようにそれぞれ個性的で面白いんです。汚毛を洗うところからやっていると、この子はイギリスの牧場でどれだけやんちゃだったの?っていうような空気感まで感じさせてくれます。

ポンタさんの羊毛の売り方はワンフリース(羊一頭分のウール)かその半分で、いいとこ取りは無しという考え方です。丸ごと一頭分の羊毛を受け入れることの大切さを実地で理解できたことが大きかったですね。好みなど大した問題ではないと思えたところが。自分の常識の範囲を裏切ってくれることが、新しい価値観につながっていきました」

受容する喜びと変化していく面白さ。原種になればなるほど「化ける」羊毛との格闘と寄り添いのお蔭で、楽しく今日まで走って来られたのだということだろう。

「養殖の魚が天然ものにかなわないのと同じで、原種の羊にも改良されていないからこその良さと味がある」と羊と原毛のこととなると目を輝かせて語る竹崎さんの、羊への愛情は相当なものとお見受けした。



 

「技術よりも先に、洋服が好きだというのが私の原点。好きなものに対する意識は強い」と竹崎さん。


窓辺に雀がやってくる。閑静な住宅街に自宅兼アトリエがある。


 

糸づくりに時間と工程をかけて、織り方は平織や綾織といたってシンプル。

きれいな色出しが竹崎さんの真骨頂。最近はヤク、リャマ、カシミヤといったヘアーも好んで使う。

 

織り物の端切れからさえも、風合いと手触り感の良さが伝わってくる。

黒白の杉綾織はジェイコブの羊毛を染めずにナチュラルで。

 

ニット用の糸も今後挑戦するという。

「羊を変えて撚りの加減を変えていけばできる。細い糸から太い糸まで自由にできる気がします」


『手づくり手帖』Vol.10より

撮影/姉崎 正

⇒part.2へ続きます

ソーイングチーム編集スタッフ

ライタープロフィール

・ソーイングチーム編集スタッフ

日本ヴォーグ社ソーイング本の編集者たち(20~40代)。

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